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支援とは?(2008年のカンボジア)

以前もお話しましたが、2008年頃からカンボジアのシェムリアップ周辺の子供達の健診活動に何度か混ぜていただきました。

病院見学の時のエピソードです。

その病院は、確か外科病棟が日本の支援、内科病棟がK国の支援でした。

我々はもちろん外科病棟を見学したのですが、現地スタッフから以下のエピソードを教わりました。

レントゲンの機械が壊れた時、日本は現地で直すことができる技術者を探し、修理して継続しようする。しかし、K国は新品の機械をすぐに送ってくる。内科病棟にはちょっと壊れたレントゲンの機械がたくさんある。

「支援というのは不要になることが最終ゴール」ですから、直して使うことが第一選択のはずです。

しかし、カンボジアの病院職員は「日本はケチだ。K国はすぐに新品を送ってくれるから、K国の方が好きだ」と。


「物の支援」はとても難しいのです。


以前、ある情熱大陸でアフリカに滞在している日本人が「今日はあるお金持ちがたくさんプレゼントを持ってやってくる。私は物の支援が一番嫌いでやめてほしい」と言っていました。


現地に行くと、「支援とは」にすぐに必ずぶつかります。


ちなみに、現在でも小生は「支援とは」の答えに辿り着いていません。多分、辿りつかないのだと思っています。


アンコールワット
2008年早朝のアンコールワット
2008年健診活動中の筆者
2008年健診活動中の筆者
2008年のカンボジアの病床
2008年のカンボジアの病床。マットレスもないことがほとんど

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